低気圧誘導結合型プラズマによる半導体製造装置排ガスCF4の分解

(運転条件の最適化と反応生成物の分析)

(日本機械学会論文集,B編 70-692, pp.228-233 (2004)から)

 大阪府立大学 環境保全学研究グループ

1. 緒 言

CF4, C2F6などのフッ素と炭素の化合物であるPFC(パーフルオロカーボン),CHF3などのフッ素と炭素と水素の化合物であるHFC(ハイドロフルオロカーボン)およびNF3, SF6は,温室効果ガスとして知られ,主に半導体生産工場において,半導体製造工程や装置内の洗浄ガスとして使用されている.これらのガスは大気中での寿命が長く,地球温暖化係数(GWP)がCO2の6500倍以上あり,1997年の京都会議(COP3)で規制対象物質となった(1). また,1999年の世界半導体会議(WSC)では,2010年までに1995年を基準として総排出量を10%以上削減することが合意された.このように, PFC,HFCなどの温室効果ガス削減の動きは世界的に広がってきており,これらのガスを効率的に除去することが可能な装置の開発が求められている.

現在,PFC等のフッ素化合物の除去方法としては,化学吸着法,触媒分解法,熱分解法などが一般的に行われている.しかしながら,これらは設置面積が大きい,運転コストが高い,分解効率が低い,有害ガスを排出するといった問題を抱えている(1)

最近,プラズマ技術を利用したこれらのガス処理装置が盛んに研究されている(2-13).プラズマ装置は他の処理装置に比べ,小型であるため容易に既存の設備に取り付けることが可能である.プラズマによるガス処理技術には大きく分けて2種類ある.一つは真空ポンプの上流に設置され低圧でプラズマを発生させる方法(2-3),もう一つは,真空ポンプの下流に設置され大気圧でプラズマを発生させる方法である(4-13).大気圧でのプラズマプロセスには低温非熱プラズマを用いる方法と高温熱プラズマを用いる方法がある.PFCは安定な物質であり,特にCF4は低温非熱プラズマでは高効率に分解することは現時点では困難である(4),(10). また,熱プラズマを用いる場合でも真空ポンプのパージガスとして用いられる窒素によって数十倍から100倍程度に希釈されたガスを処理するため,処理効率 が悪く,さらには分解時に有害物質であるNOxが発生するという問題がある.一方,低圧プロセスでは装置が真空ポンプの上流にあるため窒素に希釈されるこ となく,効率的に排ガスを処理することができるという利点がある.

本研究は,半導体ウエハのエッチングや装置のクリーニングに用いられているラジオ周波数(RF)電源を利用することが可能な誘導結合型プラズマ(14),(15)を排ガス処理装置に応用し,処理条件の最適化と反応副生成物の同定を行った.誘導結合型プラズマを用いた排ガス処理はTonnisら(2)やVartanianら(3)によっても行われており,彼らは,実際のエッチング工程からの排ガスを想定してCF4やCHF3などの混合ガスの分解を行っている.

本実験ではPFCの中で最も安定したものの1つで,難分解性であるCF4を分解対象とし,100%CF4の模擬排ガスをリアクタに直接導入してCF4分解実験を行った.そして,流量,電力,圧力,O2添加量によるCF4分解効率への影響を調べ,最適条件下では完全にCF4を分解することに成功した.

2. 実験装置と実験方法

2.1 誘導結合型プラズマリアクタ  半導体装置からの排ガス処理用誘導結合型プラズマリアクタの詳細を図 1に示す.誘導結合型プラズマとは絶縁性の放電管の外部に巻かれたコイルに数MHzのRF電流を流し,方位各方向に起こる誘導起電力によりガスの絶縁を破壊することにより発生させるものである.

1  Inductively coupled plasma reactor for CF4 decomposition

本研究では2種類の誘導結合型プラズマリアクタを使用した.一つは図1に示されているように,長さ300 mm,外径42 mm,内径31 mmのアルミナ(Al2O3)管とその周りに幅133 mmにわたってコイル状に巻きつけてある外径が5 mmの2本の銅管で構成されているもので(以下,リアクタAと呼ぶ),他方は長さ330 mm,外径60 mm,内径49 mmのアルミナ(Al2O3) 管とその周りに幅150 mmにわたってコイル状に巻きつけてある外径が5 mmの1 本の銅管で構成されているものである(以下,リアクタBと呼ぶ).どちらのリアクタも実処理装置として使用が可能である.ガスは矢印方向に流入,排出され る.アルミナ管を冷却するため,銅管には冷却水が流れており,全体を一様に冷却するために,リアクタ全体は固体シリコンで覆われている.コイルには,高周 波電源(パール工業(株)RP-2000-2M,周波数2 MHz,  最大電力2 kW)により,高周波電流を流した.

2.2  実験装置と実験方法  実験装置の概略を図 2に示す.実験には半導体製造装置排ガスとして100%CF4ガスと,添加ガスとしてO2, Ar, HeおよびN2ガスを用いた.流量はマスフローコントローラによって調整した.なお,実験での流量はすべて標準状態(20℃,1 atm)での流量で表している.リアクタ内での流量は標準状態のときに比べ大きく,20℃,40 Paの場合にはおよそ2500倍であり,リアクタ内での滞留時間は0.01秒である.リアクタおよび配管内はドライ真空ポンプ((株)荏原製作所, A30W)によって真空化した.配管内の圧力はデジタルピラニー真空計(ULVAC GP-1000H)によって測定し,圧力調整はバルブによって行った.CF4の濃度はドライ真空ポンプ内においてパージ用N2ガスで希釈された後に,TCD(熱伝導検出器)によるガスクロマトグラフ(島津製作所GC-8AI)を使用して測定した.反応生成物の分析にはFT-IR(バイオラッド FTS3000)を用いた.なお,実験の基本条件はリアクタAについてはCF4流量とO2流量をそれぞれ0.115 L/min,0.105 L/min,圧力を40 Pa,電力を1.2 kWとし,リアクタBについてはCF4流量とO2流量をそれぞれ0.20 L/min,0.40 L/min,圧力を80 Pa,電力を2.0 kWとした.

図 2  Schematic diagram of experimental set-up

3. 実験結果

3.1 流量がCF4分解効率に及ぼす影響  まず,流量によるCF4分解効率への影響を調べるため,リアクタAを用いてCF4/O2比を0.9に固定し,流量を増加させ,実験を行った.総流量とCF4分解効率との関係の測定結果を図3に示す.なお,圧力は40 Pa,電力は1.2 kWとした.この図から,総流量が0.189 L/min(CF4: 0.10 L/min)まではCF4を100%分解できることがわかった.

図 3  Relation between total flow rate and CF4 decomposition efficiency

3.2 入射電力がCF4分解効率に及ぼす影響  入射電力によるCF4分解効率への影響を調べるため,リアクタAを用いて圧力を40 Pa,O2とCF4の流量をそれぞれ0.105 L/min,0.115 L/min(CF4/O2=0.9)に設定し,入射電力を変化させて実験を行った.図4に電力とCF4分解効率の関係の測定結果を示す.この結果,総流量が0.220 L/minで,圧力が40 Paの条件で100%のCF4分解効率を得るためには少なくとも,1.25 kW以上の入射電力が必要であることがわかった.

図 4  Relation between power and CF4 decomposition efficiency

3.3 圧力がCF4分解効率に及ぼす影響  圧力によるCF4分解効率への影響を調べるため,リアクタAを用いて入射電力を1.2 kW,O2とCF4の流量をそれぞれ0.105 L/min,0.115 L/min(CF4/O2=0.9)に設定し,圧力を変化させて実験を行った.図5に圧力とCF4分解効率との関係の測定結果を示す.なお,圧力はドライ真空ポンプの性能と流量との兼ね合いにより29 Paより低くすることはできなかった.また,圧力が53 Paを越えると,プラズマは発生しなかった.図より,圧力が29〜53 Paの範囲内では圧力の違いによるCF4分解効率への影響は見られなかった.

図 5  Relation between pressure and CF4 decomposition efficiency

3.4  O2がCF4分解効率に及ぼす影響  O2添加量のCF4分解効率への影響を調べるため,リアクタAを用いて圧力を40 Pa,電力を1.2 kW,CF4の流量を0.115 L/minに設定し,O2添加量を変化させて実験を行った.図6にO2/CF4比とCF4分解効率との関係を示す.この図から,O2/CF4比が1.45を越えるとCF4分解効率が低下しているのがわかる.これは図3の場合と同様に総流量が増加したためにCF4分解効率が減少しているものと思われる.しかしながら,O2の量がCF4より少ない場合には,CF4分解時にO2と反応しなかった炭素が析出して装置内に付着し,配管が誘導加熱で破損するなどの悪影響を及ぼすため,CF4の当量比の1.0〜1.45倍のO2を添加するのがよいと思われる.

図 6  CF4 decomposition efficiency as a parameter of the ratio of O2  to  CF4

3.5  添加ガスがCF4分解効率に及ぼす影響  次に,CF4分解効率を向上させるため,添加ガスとしてアルゴン(Ar)およびヘリウム(He)を用いた実験を行った.なお,圧力は40 Paとし,電力は1.2 kWに設定した.また,CF4の流量は0.115 L/minとし,流量変化による分解効率の影響を避けるため,O2と添加ガスの流量の和が0.258 L/minとなるようにし,添加ガスとO2の比率を変化させて実験を行った.

図7にCF4分解効率とAr/CF4比との関係の測定結果を示す.この図から,Ar/CF4比が高くなればなるほど,CF4分解効率がよくなっていることがわかる.この理由としては,Arを添加することによりいわゆるペニング電離効果により電離が促進されたということが考えられる.最適なAr添加量はAr/CF4比が0.65,つまり0.115 L/minのCF4に対して,0.075 L/minのArが必要である.図8にCF4分解効率とHe/ CF4比との関係を示す.図より,Heの場合はHe/ CF4比を変化させてもCF4の分解効率にほとんど影響を及ぼさないことがわかった.

図 7  CF4 decomposition efficiency as a parameter of the ratio of Ar to CF4

図 8  CF4 decomposition efficiency as a parameter of the ratio of He to CF4

3.6  CF4分解時の反応生成物の分析  次に,FT-IRを用いた反応生成物の分析を行った.プラズマ処理後の排ガス中に含まれる各成分の透過スペクトルの測定結果を図9に示す.なお,反応生成物についてはリアクタAを用いた場合もBを用いた場合も変わらなかったため,ここでは新しく得られたリアクタBの結果を表した.CF4とO2の流量はそれぞれ0.2,0.4 L/minとし,圧力は80 Paとした.プラズマ処理時の電力は2.0 kWに設定し,このときのCF4分解効率は96%であった.また,FT-IR分析のためサンプルは窒素によって32.3倍に希釈されている.図より,CF4, CO2,CO,COF2,HF,SiF4,H2Oのピークが見られた.HFはサンプリング時にわずかに空気中の水分が混入したため生成し,SiF4はアルミナ管に含まれる微量のSiO2がエッチングされて生成したものである.CO2,COおよび COF2は以下のように反応し生成されたものと考えられる.

CF4+O2→CO2+2F2                             (1)

CF4+O→CO+2F2                                 (2)

CF4+O→CO F2 +F2                             (3)

COF2とCOはともに有害物質であるがドライ真空ポンプの下流において吸着剤を通過させることにより除去することが可能である.F2およびCOF2は腐食性ガスであるが,本実験の範囲内では装置内での腐食は見られなかった.

図 9  FT-IR absorbance spectra (CF4=0.20 L/min, O2= 0.40 L/min, pressure=80 Pa, 2.0 kW)

3.7 CF4分解による温暖化抑制効果の検討  プラズマリアクタAを3台並列に接続し,年間稼動時間が3600時間の半導体製造装置から排出される0.3 L/minのCF4を分解する場合,分解しない場合に比べ,どの程度の温暖化ガス排出抑制効果があるかについて検討を行った.CF4分解前と分解後の温暖化ガス排出量を表1に示す.実験結果から入射電力はリアクタ1台あたり1.2 kWで, CF4は100%分解され,すべてCO2あるいはCOF2になるものとした。なお,CF4の地球温暖化係数は6500であり,COF2は水と容易に反応しCO2となるため,地球温暖化係数はほぼ1に近い(16).また,CO2換算温暖化ガス排出量MWGはCO2を基準とし,CF4の排出量はCO2を1としたときの温暖化係数6500をかけ,CO2排出量に換算した.リアクタで消費される電力は火力発電で供給されるものとし,発電時に670 g/kWhのCO2が発生するとした.

1  Mass of greenhouse-gases exhaust

 この結果からCF4を分解することによって温暖化ガス排出量を分解前の1.1%にまで低減できることが示された.

4. 結 論

誘導結合型プラズマリアクタを用いて,低圧下で流量,電力,圧力,O2添加量によるCF4分解効率への影響を調べた.また,分解効率を向上させるため,アルゴンガスとヘリウムガスの添加量を変化させた実験も行った.主な結果は以下のようにまとめられる.

(1)     圧力40 Pa,電力1.2 kW,O2/CF4比0.9の条件において,総流量が0.189 L/min以下の時,CF4を100%分解することができた.

(2)     総流量が0.220 L/minでO2/CF4比が0.9,圧力が40 Paのとき,100%のCF4分解効率を得るためには少なくともが1.25 kWの電力が必要である.

(3)     総流量が0.220 L/minでO2/CF4比が0.9,電力が1.2 kWのとき,圧力を 29から53 Paまで変化させたがCF4分解効率にはほとんど影響がなかった.

(4)     カーボンの析出を防ぎ,CF4を効率よく分解するには,CF4の当量比の1.0〜1.45倍のO2を加えると最適であることがわかった.

(5)     アルゴンを添加することによりCF4分解効率を向上することができたが,ヘリウムを添加した場合には分解効率に影響はほとんどなかった.

(6)     FT-IRによる分析により,CF4分解時にはCO2以外にCOとCOF2が生成されていること確認された.

(7)     CF4を分解することによって温暖化ガス排出量を分解前の1.1%にまで低減することが可能である.

本研究は平成15年度大阪府立大学大学院奨励特別研究費の援助を受けていることを記し,関係各位に謝意を表する.

文 献

(1)    松下圭成, 応用物理, 69(3), 0305-0309, (2000).

(2) E.J. Tonnis, V. Vartanian, L. Beu, T. Lii, R. Jewett and D. Graves, Technology Transfer #98123605A-ENG, International SEMATECH, (1998).

(3)     V. Vartanian, L. Beu, T. Stephens, J. Rivers, B. Perez, E. Tonnis, M. Kiehlbauch and D. Graves, Technology Transfer #99123865B-ENG, International SEMATECH, (2000).

(4)     S. Futamura, H. Einaga and A. Zhang, Proc. of 1999 IEEE-IAS Annual Meeting, (1999), 1105-1111.

(5)     R. Itatani, M. Deguchi, T. Toda and H. Ban, Proc. of the Second Asia-Pacific International Symposium on the Basis and Application of Plasma Technology, Kaohsiung, Taiwan, April 30-31, (2001), 37-38.

(6)     M. Kogoma, Proc. of the second Polish-Japanese hakone group symposium on nonthermal plasma processing of water and air, (2001), 49-54.

(7)     J.S. Chang, K.G. Kostov, K. Urashima, T. Yamamoto, Y. Okayasu, T. Kato, T. Iwaizumi and K. Yoshimura, IEEE Trans. IAS, 36(5), 1251-1259, Sept./Oct., (2000).

(8)     T. Yamamoto, J.S. Chang, K. Yoshimura, S. Okayasu, T. Iwaizumi and T. Kato, J. Adv. Oxid. Tech., 4, 454-457, (1999).

(9)     K. Urashima, K.G. Kostov, J.S. Chang, Y. Okayasu, T. Iwaizumi, K. Yoshimura and T. Kato, IEEE Trans. IAS, 37(5), 1456-1463, Sept./Oct., (2001)

(10)  小田・井藤,静電気学会講演論文集’01, (2001), 25-26.

(11)  尾形,他5名,静電気学会講演論文集’02, (2002), 75-78.

(12)  稲永,他5名,静電気学会講演論文集’02, (2002), 79-82.

(13)  大内,他7名,季刊環境研究, 9, 56-12 , (1994).

(14)  神沢,プラズマ伝熱,信山社サイテック(1992), 14.

(15)  H. Nishiyama and M. Shigeta, Eur. Phys. J. AP, 18, 125-133 (2002).

(16) IPCC第11回会合WGI報告書,  (1995).