呼吸による人体ウイルス感染のシミュレーション

 大阪府立大学 環境保全学研究グループ

[背景・目的]

・近年,地球上ではSARSや鳥インフルエンザなどウイルスを保有する動物から人間への空気感染の問題が突然発生し,大きな社会的問題となっている。

・一方,ディーゼル自動車排気の黒煙に代表される化石燃料燃焼時に発生する有害微粒子,特にナノオーダサイズ微粒子は,肺に吸入されると排出されず体内に留まり,肺がんに代表される呼吸器疾患を引き起こし,大きな社会的問題となっている。

・ 地球上でのインフルエンザウイルスなどの浮遊ウイルスや有害大気汚染物質が人体に吸入される状況としては,病院内での病人から医者や看護師への感染,畜舎 などでのウイルス等を保有する動物からの感染,ディーゼル排ガスのすすやタバコ煙が呼吸によって人間の体内に吸引される状況が考えられる。

・ 一方,患者の「せき」や「くしゃみ」などでて細かい唾液とともにウイルスや細菌が空気中へ飛びだし,空中を飛んで人が経口吸引し感染する現象を飛沫感染と呼ぶ。1g重力下である地球上では飛沫は最大2m程度飛行し,地上に落下するため,この範囲が感染域である。

・ 以上の場合,ウイルス,ナノ微粒子,飛沫液滴などの流れ場中での動的挙動,及び,「せき」,「くしゃみ」,「呼吸」などの人間の生理現象時の,これら物質 の人体への吸入量と経過時間および鼻や口からの距離の相関関係を把握することは重要な問題であるが,従来ほとんど系統的な検討は行われていない。

・ 本研究では,環境中に浮遊しているウイルス,ナノ微粒子,細菌飛沫の力学的挙動,および呼吸を伴う人体の顔から汚染源(汚染領域または患者)までの距離を 変化させ,呼吸により体内にどのくらいの時間がかかって吸入されるか等に関する基礎的知見を,数値シミュレーションおよび模擬宇宙実験により収集する。

・ 本研究は,ウイルス細菌除去用の空気清浄装置を設計する上で有意義なデータを与える。

[国内外の関連研究の現状]

・ これまでに微粒子吸引,飛沫感染や呼吸を伴う人体周りの詳細な環境シミュレーション結果は,ほとんど報告されていない。また,人体周りの気流解析は慶応大学,東京大学のグループ(引用文献[1], [2])のものが見られるに過ぎない。また呼吸によるウイルス感染の研究は全く行われておらず我々の独創的研究である。

・ アメリカ環境庁(EPA)中央研究所では地球上の室内環境下でどの程度の微粒子,ガス状汚染物質が体内に取り込まれるかの測定を被験者の胸にサンプラーを取付け,通常の生活をすることによって測定を行っている。

・ 我々は,彼らの持つデータを詳細に分析し,日常生活における呼吸吸入過程の解明を行う目的で3年前から呼吸を伴う人体周りの二次元数値モデルの開発を開始 した。そして空気中を浮遊しているウイルスを対象とし,発生源と呼吸を伴う人体との距離を変化させ,人体への吸入量の経時変化を求める二次元乱流数値シ ミュレーションに成功した。以下に,その結果を簡単に紹介する。

◎結 果1

・ シミュレーションでは,人間頭部を含む地球上に平行な平面と,人間断面の双方から二次元的に取扱い,鼻での呼吸条件を与え,二次元乱流数値解析により1g 下での流れ場の計算を行った。粒子の挙動は流線に沿って挙動する仮想粒子が顔面前方に一様に存在する設定で計算を行い,ウイルスのような0.1 μm程度の拡散現象を無視した微粒子挙動として考え,ウイルス到達時間,体内吸入量を解析した。

図1に我々の計算結果の一例を示す。呼吸開始30秒後のウイルスと顔の距離L = 10, 20, 30, 40 cmにおけるウイルス分布の計算結果で,ウイルスは顔に沿って主に顔上部から吸入し,顔前面で生ずる渦流は大きく成長していることがわかる。

図1(a) 〜(d) 汚染源までの距離Lをパラメータとした呼吸開始30秒後のウイルスの分布(呼吸速度 50 cm/s,鉛直からの呼吸の角度α=15度の場合)

・ 通常の呼吸速度50 cm/s程度では,顔前面で顔の2 〜 3倍の渦流を形成し,初期ウイルス分布が10 cmでは4秒程度,20 cmでは10 〜 13秒で体内に到達する。人体到達時間は鼻からの距離にほぼ比例し,吸入は顔両側面と上部から吸入される。

◎結 果2

・ 次ページの表1は我々の計算結果の一例で呼吸角度α(鉛直下方向と吸出入ベクトルの なす角度)を15,30度と変化させた場合,吸入開始時間,吸入終了時間,吸入時間,初期ウイルス量に対する体内吸入率を示したものである。表から明らか なように,20〜30%前後のウイルスが吸入されるものの,呼吸角度αによる吸入開始時間や体内吸入率への影響は少ない。

表1   人体と汚染源の距離L,鉛直下方からの吸入角度とウイルスの到達時間,到達飽和時間, ウイルス呼吸の時間,ウイルス吸入率の関係(数値計算結果)

[本研究での課題]

・  2005年度は,本研究では,以上の研究をさらに進め,ウイルス,ナノ微粒子,液滴飛沫の特異な挙動を明らかにする精密かつ現実的な三次元数値シミュレーションおよびモデル模擬実験を行う。

[引用文献]

[1]加藤・ほか2名, 日本建築学会計画系論文集, 509, (1998), 21-26.

[2]曽・ほか2名, 日本建築学会計画系論文集,505, (1998), 31-38.