水分と大気を呼吸する知能布によるインテリジェント快適スポーツウェアの試作

(デサントスポーツ科学,25巻,2005年,特願2004-145679より)

大阪府立大学 環境保全学研究グループ

1. 緒言

人の運動時に発生する汗は気化熱により上昇する 体温を低下させるはたらきをもつが,汗がウェアや皮膚表面に残留すると気化熱が効果的に作用しなくなり,さらなる発汗量の上昇をきたし,運動時の不快感な らびに運動終了後の冷え感の原因となる.この種の不快感を無くすために,皮膚表面の汗を迅速に吸収し外部環境に放出できる水分呼吸型のスポーツウェアの開 発が求められている.その素材として,片面が疎水性であって他面が親水性である傾斜機能性の織編物(以下,布と呼ぶ)1,2)が最近,注目を集めている.

この機能に関して図1に示す人体からの汗の放出に関する三つのモデルで説明する.図1(a)に示すような合成繊維を典型とする疎水性布は,断面において水分浸透層の軌跡は示さない.図1(b)に示すような,綿などの天然繊維あるいは混紡繊維で,表面と裏面両方が親水性の布では,断面において吸水性の水分浸透層の軌跡は直線的で均一となる.図1(c)に 示すような,皮膚側の裏面が撥水性で外気側表面が親水性の傾斜機能性布では,水分浸透層の軌跡は親水性領域(外気側)に拡大を示す.このような布で作成さ れたウェアを着用すると,発汗時の吸汗性に優れ,外気面で汗の水滴が効果的に拡大,拡散し,容易に放散され得ると考えられている.

 

 

図1 人体から外気への汗の放出のモデル

このような傾斜機能性布を得るための方法は現在のところ以下の3つに分類できる.

(1)表面薬剤塗布:布の外面に親水性薬剤あるいは撥水性薬剤を塗布することで,機能性を実現するが,単に薬剤を塗布するだけのため耐洗濯性,耐久性が乏しく,通気性に劣ることが知られている.

(2)原糸による織り編み:内面は疎水性の合成 繊維を使い,外面は,吸水性の天然繊維や化学繊維を用いて異なる素材を一枚に編みあげる.例えば,ユニチカ,デサント等の企業により製品化がなされてお り,比較的古くから特許出願もなされている3-6).この種の布の耐久性,性能は十分であるが,構造上厚さを薄くすることが困難である.また,製造コスト も比較的高いという欠点がある.

(3)低温非平衡プラズマ重合処理:比較的新し い方法である.ここで低温非平衡プラズマとは,ガスの温度自体は室温に近く,電子の温度(平均運動エネルギー)が極端に高い(通常10,000K以上)プ ラズマを指し,布繊維の表面を燃焼反応等により痛めることなく,表面に活性基(ラジカル)を励起させ,モノマーとの重合化学反応を実現できる.図2にその一例であるポリエステルとアクリル酸モノマーのグラフト重合反応を示した1).

 

図2 ポリエステルとアクリル酸モノマーのグラフト重合反応

この方法により外面が処理された布は,あたかも 生き物のように布が呼吸し,かつ活性炭のように悪臭大気を吸収する性質を持つようになる1,7-9).親水性薬剤が布表面に強固に化学結合しているので, 性能は数十回の洗濯後にも失われず,さらには薄い布を後加工できるため厚さを薄くでき,原理的に製造コストも低く抑えられる可能性を有している.

本研究では,(3)の方法により,体臭を防止し,汗を即効的に呼吸放散させる快適な従来にない薄型のインテリジェントスポーツウェアを試作することを目的とした.具体的には以下のような研究開発を行った.

(1)機能性スポーツウェアの製造のためのプラズマ・グラフト重合処理装置の改良.

(2)試作された布の機能性計測(水分呼吸性能,脱臭性能)とその方法の確立.

(3)試作された機能性スポーツウェアの実着官能評価と定量的な性能評価.

2. 実験方法

2.1 プラズマ・グラフト重合装置とその改良

図3(a),(b)に本研究で 使用した布処理装置の外観写真及び概略図を示す.本装置は,研究1)で試作されたもので,幅50cm,長さ3m ~ 10mの布を走行速度1mm/min ~ 100mm/minの範囲で巻き取りながら,布表面に高周波グロー放電による希ガス(Ar+Heの混合ガス)の大気圧低温非平衡プラズマ10,11)を平 行平板誘電体バリア式ノズル電極により均一に照射できる.表面は改質され多くの活性基(ラジカル)が発生する.そこに親水性モノマー(アクリル酸)を窒素 ガスによりミスト状に連続噴霧し,図2に示す反応により繊維と強固にグラフト重合させる.以上の処理により,耐久性のある親水層が表面に形成される.本研究では,この装置の改良を行い,図3(a)に 示すように布巻き取りローラに布の代わりに化学反応防止フィルムを取り付け,その表面に縫製済みのウェアを直接取り付けられるようにした.その結果,布片 のみならず縫製済みのウェアの表面を効果的に片面処理することに初めて成功した.また,噴霧されたアクリル酸を回収する装置(ミストトラップ)の整備なら びに装置内ガス置換用の真空排気系の改良を行った.

 

(a)装置外観

(b)装置概略図

図3 プラズマ・グラフト重合装置

2.2 被処理材料

処理対象としたのは,一般的な疎水性ポリエステル織布(目付335 g/m2, 厚さ0.9 mm, 伸度縦20.3%, 横18.3%,通気性8.0cc/cm2/sec)(以下試験布とよぶ)およびポリエステル100%の市販のスポーツウェア(布厚0.14mm,以下ウェアAと呼ぶ)およびポリエステル65%,綿35%の混紡ウェア(布厚0.17mm, 以下ウェアBと呼ぶ)の3つである.

プラズマ・グラフト重合処理の条件は,試行錯誤により最適化された以下の条件とした.布送り速度:10 mm/min,布と電極の距離:0 mm,希ガス混合比:He/Ar L/min=10/2, 入力電力0.77kW (試験布)1.5 kW (ウェアA,B),アクリル酸噴霧量:100 mL, 反応プロセス温度:24 ~ 26°C,反応プロセス絶対圧力10 Pa ~ 大気圧.重合処理後,表面に付着している未反応のポリマーを超音波洗濯機による洗濯によって洗い落し乾燥させた.両面を処理する場合は片側を処理した後,裏返し同様の処理を行った.

2.3 水分呼吸性能の計測

未処理および処理済みの試験布,ウェアA,Bの表と裏の吸水性能を水滴落下法により計測した.詳しくは,定量ピペット(Eppendorf社製, Reference, 容量2 ~ 20 mL)を用い,10 mLの純水の水滴を25 mm上部から布に落下させ,一定時間後に写真撮影し,水の広がる面積の大きさで処理布の表側(処理面)と裏側(未処理面)の水を吸い込む能力の差を比較した.

2.4 脱臭性能の計測

処理済みの試験布の脱臭性能を調べるため,代表的な体臭,悪臭の成分であるアンモニアの吸着試験を行った.実験は,既報8,9)と同様な手法で行った.概要を説明すると窒素希釈のアンモニアガス(濃度1,030 ppm)をコンプレッサ,除湿器とフィルタで清浄化した乾燥空気(常温で相対湿度4%)と混合し,2個のマスフローコントローラで流量を調整後,混合し濃度50 ppm,流量1.0 L/minとした.ガスは試験部を通過するが,試験部では,多孔性ポリエチレンチューブ(外径13 mm,長さ32 cm,穴直径1 mm,穴ピッチ1 cm)に試験布(寸法:40 cm x 23 cm)が巻き付けられ,チューブの孔からガスが吹き出し,布を通過するようになっている.布通過後のアンモニア濃度の時間変化を,アンモニア濃度計(新コスモス電機社製,XD-303)またはガス検知管(Gastec 社製,GV-100)で測定し,吸着特性を求めた.

2.5 試作スポーツウェアの実着官能評価

本研究で試作された二種類のウェアA,Bの着用評価(実着官能評価)を行った.ウェアを着用した健康な20代および40代男性2名を被験者とした.室内設置式自転車(アルインコ社製エクササイズバイク,AF5900)を用いた中程度の運動(強度6,スピード25 km/h,毎分消費カロリー約10 kcal/min)を行い未処理と処理済みウェアの,発汗時の着心地,加工による肌触り等の差に関する質問に対する回答を得た.なお試験は温度27°C,湿度50%に保たれた室内で行った.

2.6 試作スポーツウェアの定量的性能評価

さらに未処理ならびに処理ウェアの性能を定量的 に評価するために,次の実験を行った.20代男性1名(身長171 cm,体重60 kg)に二種類の処理済みウェアA,Bまたは未処理ウェアを皮膚に直接接触する形で通常のゆとり12)をもって着用させた.ウェアには温湿度センサー (ティアンドディ社製,TR-72S, 測定範囲温度0 〜 50°C,相対湿度10〜95%)が背中の首の付け根位置から15cm下の位置に取り付けられている.これにより,ウェアと肌間の空気の相対湿度 と温度を1秒おきに記録した.被験者の10分間の安静後,測定を開始し,さらに10分間の安静をとる.その後,室内設置式自転車による前記の中程度の運動 を7分間行い,終了後23分間の安静を保った.計40分間の運動時ならびに前後の安静時の,未処理と処理済みのウェアの場合の水分呼吸,発散性能を計測し た(図4).試験は温度27°C,湿度50%に保たれた室内で行った.なお,各試行前の被験者の水分補給量を同一にするなど,できる限り条件を統一するよう配慮した。

 

図4 休憩および運動の時間間隔

 

3. 実験結果ならびに考察

3.1 水分呼吸性能の計測

未処理および片面処理済みの試験布およびウェアA,Bに対するの水滴落下試験の結果の写真を図5に示す.いずれも落下後20秒の表面写真であり,水滴状態でなく水分が表面に広範囲に広がっているほど親水性が高い事を表す.図5(a),(b)か らわかるようにポリエステル100%の試験布およびウェアAに関しては片側親水性の良好な結果が出ているが,混紡のウェアBに関しては処理後に表裏両面と も親水性が増加している.素材の元々の親水性のためにモノマーが反応時に布裏面に達し,両面の親水性が増したものと考えられる.

 

図5 水滴落下試験の結果(落下20秒後)

 

3.2 脱臭性能の計測

図6は試験布に対する,アンモ ニアの吸着に関する測定結果であり,横軸はアンモニアガスを流した時間,縦軸は布透過後での濃度を表す.グラフの傾きが小さいほど吸着性能は高い.図から 両面処理の布は200分経過後も飽和に達しておらず,一番良好な吸着性能が得られていることがわかる.その次に性能が高いのが片面処理の布で,90分経過 後に吸着飽和に達している.未処理,片面にプラズマ照射のみの布はわずか約20 分後には吸着飽和となっている.以上から,グラフト重合処理した布は,良好な悪臭吸着性能があることがわかる.表面が活性炭のように多孔質化されるためで ある8).未処理布のアンモニアの総吸着量は約0.6 mL,片面処理布は約2 mL,両面処理布は約6 mLであった.なお,この様な高い吸着性能は数十回の洗濯後もほとんど失われないことは確認している1, 8).

 

図6 試験布透過後のアンモニア濃度変化

 

3.3 試作スポーツウェアの実着官能評価

試作されたウェアA,Bの概観写真を図7に示す.試作ウェアA,Bに関する実着官能評価結果を要約すると以下のようになった.元々ポリエステル100%のウェアを加工していたために地肌にあたると多少の硬さはあったが,プラズマ加工を施すことで少し硬さを増す方向に推移した.

試作ウェアAは未処理のウェアに比べ汗に対するべとつき感がわずかではあるが低く感じられ,吸水発散の能力に関して比較的よい傾向が得られていると考えられる.

試作ウェアBに関しては着心地に関して処理あるなしでほとんど差が感じられなかった.両面とも親水性になったためと考えられる.しかし実験は行っていないが,悪臭吸収効果に関して向上が見られるものと予想される.

(a)ウェアA 

  

(b) ウェアB

図7 試作ウェアの写真

 

3.4 試作スポーツウェアの定量的性能評価

片面が良好な親水性を示した試作ウェアAに対する性能試験の結果を図8に 示す.横軸は測定開始からの経過時間,縦軸は背中における首の付け根から15cm下の位置でのウェアと皮膚間の相対湿度ならびに温度である.図からわかる ように両面撥水性の未処理ウェアを着用すると,運動前から湿度は比較的高く,運動終了後(17分経過後)も湿度の上昇は顕著で,約30分経過後からようや く湿度が下がり始めている.一方,片面処理ウェアを着用した場合には運動中から湿度は下がりはじめ,運動終了後の安静時には湿度の急激な低下ならびにそれ に伴う温度の低下が観測され,高性能を示している.

図8 試作ウェアA(ポリエステル100%)着用時のウェアと皮膚間の相対湿度と温度の変化

試作ウェアBに対する性能試験の結果を図9に示す.図5の結果からもわかるように,処理により表裏の親水性が同時に向上したためか,未処理,処理済みのウェアに対し,水分呼吸性能の差は顕著には見られなかった.

図9 試作ウェアB(ポリエステル65%,綿35%)着用時のウェアと皮膚間の相対湿度と温度の変化

以上の結果より,肌に当たる面が撥水性で外面が親水性の傾斜機能性スポーツウェアは,スポーツ時の快適性を保ち,汗を効果的に外部に発散できることを確認した.

なお,試作装置(図3)の製品化 は既になされているが,本装置では機能性ウェアの製造コストの削減が最大の課題である.今後はプラズマ電源の改良によるプラズマ生成電力の低減,ならびに プラズマ電極の工夫により処理ガスを反応性は高いが高価な希ガス(Ar+Heの混合ガス)から約1/10の価格の窒素ガスに置き換えることを目指し,装置 の改良を進めていく所存である.

4. 結論

本研究で得られた結果を要約すると以下のようになる.

(1)機能性スポーツウェアの製造のためのプラズマ・グラフト重合処理装置の改良を行い,既製のウェア表面を直接傾斜機能性に加工処理することに成功した.

(2)試作された布ならびに二種類のウェアの機能性計測(水分呼吸性能,脱臭性能)を行い,片側親水性のウェアが可能であること,ならびに,プラズマ・グラフト重合処理により布に良好な悪臭吸着特性が付与されることを確認した.

(3)試作されたスポーツウェアの着用官能評価,性能評価を行い,肌に当たる面が撥水性で外面が親水性の傾斜機能性スポーツウェアは,スポーツ時の快適性を保ち,汗を効果的に外部に発散できることを確認した.

引用文献

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